学歴社会の終り

またまた私の好きな「ハッカーと画家」の著者で有名なポールグレアムのBlogです。


After Credential
http://www.paulgraham.com/credentials.html




> A few months ago I read a New York Times article on South Korean cram schools that said
> Admission to the right university can make or break an ambitious young South Korean.
> A parent added:
> "In our country, college entrance exams determine 70 to 80 percent of a person's future."
> It was striking how old fashioned this sounded.


> 数ヶ月前、ニューヨークタイムスに韓国の進学学校についての記事を読んだ
> そのタイトルはいい大学への入学は韓国の若い学生の志を育成するのかそれとも破壊するのかというものだった。
> ある受験生の親は「この国では大学進学が人生の70~80%を決定する」と語っていた
> かつてアメリカもそうだったが遠い昔の感じがする。


日本もかつては受験地獄と呼ばれる状況でしたが、今韓国はその状態なのでしょうね。
今でも日本は学歴社会ですが、韓国ほどではなくなったのではないでしょうか。


> Before credentials, government positions were obtained mainly by family influence,
> if not outright bribery.
> It was a great step forward to judge people by their performance on a test.
> But by no means a perfect solution.


> 学歴社会が確立する前は政府の重要なポジションは賄賂を渡す者か血縁関係の者を選ぶかどちらかだった。
> したがってテストで人の能力を判定するというのはすばらしい進歩だったが完璧な解決策ではなかった。


家柄や富の多さなどで人を選んで失敗をした反省からテストによって人の能力をはかって選ぶようになったのでしょう。
いまだに家柄がよくないと入れない学校はありますが、いまや特殊な存在になってしまいましたね。


> Let's think about what credentials are for. What they are,
> functionally, is a way of predicting performance.
> If you could measure actual performance, you wouldn't need them.


> では学歴は何のために存在しているのだろう。
> それはその人がこれからどれだけのパフォーマンスを発揮してくれるかを予測するためのものである。
> ではそのパフォーマンスを実際にはかれるとしたら学歴で判定することなど必要なくなるのではないか。


会社の人事部などで人を採用する場合、有名な大学を出ていればそれなりに努力して勉強したと判断するのでしょう。
しかし、日本の大学は入学試験は難しいが入ってしまえば授業にでなくても卒業できてしまうところも多いようです。
それでは4年間かけて能力のない人になっているようなものではないかと思ってしまいます。
大学を出たから努力するという論理はちょっとおかしいですね。


> Large organizations can't do this.
> But a bunch of small organizations in a market can come close.
> A market takes every organization and keeps just the good ones.
> As organizations get smaller,
> this approaches taking every person and keeping just the good ones.
> So all other things being equal, a society consisting of more,
> smaller organizations will care less about credentials.


> 大企業ではそれぞれの人のパフォーマンスをはかるということはできない。
> しかし小さな会社は大企業とは違う状況下にいる。
> マーケットでは全ての企業は基本的に参入可能である。
> そして競争などの結果よい企業だけがマーケットで生き残ることができる。
> 企業が小さくなるほどパフォーマンスの高い人材が必要となり、学歴はあまり意味がなくなる。


厳しいマーケットの中ではやった結果だけが問われるわけで学歴が高いからといってお客さんがお金をはらってくれるわけではないですからね。


> In a world of small companies, performance is all anyone cares about.
> People hiring for a startup don't care whether you've even graduated from college,
> let alone which one. All they care about is what you can do.


> 小さい会社ではその人がどれだけのパフォーマンスを出すかが問われる。
> ベンチャー企業が人を雇う場合大学を出たかどうかなど問われることはない。
> 重要なのはその人が何をしてくれるかだ。


学歴もそうですが、口だけの人も多いですよね。
以前関わったプロジェクトで何かと言い訳ばかりする人がいました。
まずは結果を出さないと誰も話を聞いてくれませんね。


> The era of credentials began to end when the power of large organizations
> peaked in the late twentieth century.
> Now we seem to be entering a new era based on measurement.
> The reason the new model has advanced so rapidly is that it works so much better.
> It shows no sign of slowing.


> 学歴第一主義は(アメリカでは)20世紀後半の大企業の凋落とともに終わろうとしている。
> これからは実績から評価する方法に変わっていくだろう。
> この方法はかつての学歴によって判定する方法よりもこれからの時代にあっているのでどんどん広がっていくだろう。
> この流れがとまる兆しはいまのところ見られない。


学歴主義というは大きな組織を構成するためには向いていた方法だったのでしょう。
できるだけ同質の人を選んで問題を起こさない人たちで固めるのは大企業では重要なことだったのかもしれません。
産業革命以降の大資本を投入して工場などを運営していくには大きな組織の方が効率がよかったのもあると思います。


しかし、これからは企業は差別化していかないと利益があげられなくなりました。
これは人も同じで人と同じ能力を持っていても能力のコモディティ化が短期間でおこるようになってしまいました。
こんな状況で上司から指示されたからといって他と同じことをやっていてもつぶしがきかなくなってしまいます。


若い頃に勉強することは重要です。
しかし、いい大学に卒業することが人生を約束してくれる時代は日本も終わろうとしているのではないでしょうか。
最近のニュースを見ても大企業でリストラが行われていますが、これからこれが恒常化していくでしょう。
こんなときには会社は頼りになりません。
結局、最後は自分が何ができるかで決まるのだと思います。


私が社会で働きだしたころはバブル絶頂のころでした。
大学を卒業した友人はみんな一流企業に入りましたが、私は高卒だったので中小企業しかいけませんでした。
(それでも仕事があっただけ幸運でしたが。)
しかし、いまそのバブル組が大企業でお荷物になっているとききます。
私ももし大学に行っていたらそうなっていたかもしれません。
そう考えると何が幸いするかわからないものですね。


これからの時代は昔に比べて生きるのが大変な時代かもしれません。
昔なら若い頃会社でがんばれば年をとったら偉くなって楽ができました。
今は使えない年寄りは容赦なく切られるようになってしまいました。
その中で生き残るためにも常に努力してパフォーマンスをあげなければいけないのでしょうね。